「忠兵衛の自惚れ」「梅川の嘘」「おえんの女っぷり」と続いてきた、気良歌舞伎『封印切』超訳シリーズ。第四弾は、物語を悲劇へと加速させる最強のヒール、丹波屋八右衛門の独壇場です。
まずは動画を見てみてください。
字幕をつけながら、「なんて酷い男なんだ……」と呆れるほどの罵詈雑言。その全貌を徹底解説します。
理不尽への抗議
おえんに散々言われた八右衛門が、まずは不満を爆発させるところから始まります。
【原文】 「なんで儂がそないボロクソに言われなあかんねん。ここのうちに借りがある訳ではなし、ビタ三文、踏み倒した覚えはないで」
【超訳】 「なんで俺がそこまでボロクソに言われなきゃならねえんだよ。この店に借金がある訳でもないし、ツケを踏み倒した覚えもないぞ」
「忠さん」人気への嫉妬
おえんが語る「ネズミまでが忠さん(チュウ)と鳴く」という洒落を、鼻で笑い飛ばします。
【原文】 「それに何や。今聞いとったら、忠さんはあっちゃでも忠さん、こっちゃでも忠さん。そこら中の鼠までが、チュウ、チュウ、チュウって鳴く?当たり前じゃ、アホ。鼠がニャンニャン鳴いたら、この首やるわい」
【超訳】 「それに何だって?今、黙って聞いてたら、忠兵衛はあっちでも『忠さん』こっちでも『忠さん』。そこら中のネズミまでがチュウチュウチュウって鳴く?当たり前だ、アホ!もしネズミがニャンニャン鳴くなら、俺の首をくれてやるよ!」
解説: 当時の粋な洒落を、現代の「当たり前だろ」というキレ気味のツッコミに変換しました。
不名誉なニックネーム
自分につけられた「ゴキブリ」などのあだ名を、開き直って受け流します。
【原文】 「それに何や、儂の事は、油虫の八っつぁん、ゲジゲジの八っつぁん、総すかんの八っつぁんやて。ハハ……。かまへん、かまへん。儂な、お前らに、なんぼ嫌われても、かまへんねんな」
【超訳】 「それに引き換え、俺のことは『ゴキブリ』『ゲジゲジ虫』『総好かん』だと?ハハ……いいさ、別に構やしねえよ。お前らに嫌われたって、そんな事はどうでもいいんだよ」
解説: 「油虫」を現代人に伝わりやすい「ゴキブリ」と訳しています。
唯一の恋人「金」の自慢
ここから八右衛門のボルテージが上がります。人には嫌われても、金には愛されているという傲慢さです。
【原文】 「その代わりにな。儂を好いてくれるもんがあんねんや。なんやと思う?オイ、何やと思う?……「金」や。イヤ儂がな「金」に「お前なんかうるさい。あっち行けあっち行け」って言うてやってるのにやで、金の方からな、こうやって、「八っつぁん、八っつぁん」言うて、俺の懐へ、どーんどーんと入ってきよるんじゃい」
【超訳】 「俺のことを好きだっていう奴がいるんだよ。誰だと思う?……『金』だよ!俺が追い払おうとしても、金の方から『八っつぁん』って言い寄って来て、懐の中へどーんどーんと飛び込んでくるんだよ!」
忠兵衛の素性暴露(百姓の出)
八右衛門の悪口は止まりません。イケメン忠兵衛の素性を蔑みます。
【原文】 「そらまあ、忠兵衛は男前や。女にもモテるやろ。けれどもナ、あいつは、肝心の金にモテへんねんな。ああ、おえんはん。あんたナ、忠兵衛の肩えらい持つけど、あいつ一体、どこの馬の骨か、牛の骨か知ってるか?あれはナ、大和の国の、どん百姓の子倅や」
【超訳】 「忠兵衛は確かに男前だし女にもモテるだろうよ。けれどもな……あいつは一番肝心な『金』に嫌われてるんだよ!なあ、おえんさん。あんた、ずいぶんと忠兵衛の味方するけど、あいつが一体どこの馬の骨か、牛の骨か、正体を知ってるのか?あいつはな……大和(奈良)の国の貧乏百姓の生まれだぞ」
水呑百姓の窮状
さらにさらに、悪口を重ねます。
【原文】 「イヤ、食うや食わずやったら、まだええんやけれどもやで。あいつの所は、もう、食わなんだり、食わなんだり、っちゅう、水吞百姓の子倅や」
【超訳】 「『食うや食わず』ならまだマシだろうけど、あいつの家は、もう……『ずっと食えないまま』の、ド貧乏な『水吞百姓』の家のガキなんだ!」
伝説の「肥え取り」モノマネ
八右衛門というキャラクターの意地の悪さが最も光る、モノマネシーンです。
【原文】 「あのな、朝早うにナ、汚い手ぬぐいでナ、頬被りしよってナ。肥え駕籠担いで、ドンドン……『切戸お頼申しまっせー』て言うて来よるナ、肥え取りの子倅や。あ、くっさー」
【超訳】 「朝早くから汚い手ぬぐいで頬被りして、糞尿入れの桶を担いでドンドン歩き回り、『裏の便所の戸を空けてくださーい』なんて言って廻って来る、糞尿回収屋のガキなんだぞ。あ、くっさー」
自慢の「お育ち」
相手を落とした後、自分を最大限に持ち上げます。
【原文】 「イヤ、こう言うとちょっと失礼やけれどもやで。この八右衛門様とは、お育ち柄がちゃいまんねん。お育ち柄が」
【超訳】 「まぁこんなことを自分で言うのはちょっと照れくさいけど、この俺様とは、そもそも育ちが違うんだよ。育ちがな!」
犯罪者へのカウントダウン
忠兵衛の梅川身請け話を「泥棒」と決めつけます。
【原文】 「あんな奴がやで、お前、大枚の二百五十両もの金を出して、川を身請けするっちゅうんが、土台、分に過ぎてるわナ。ま、そんな事しよう思うんやったら、せやな、強請り……騙り……イヤ……盗人するより他に道ないわ。盗人」
【超訳】 「そんな貧乏育ちの奴が、大金の二百五十両もの金を出して梅川を身請けしようなんて、分不相応にもほどがあるぜ。そんな大金を作ろうと思ったら……人を脅すか、騙すか……イヤ、もう、泥棒やるしかないな。泥棒だよ!」
解説: 二百五十両(現代の数千万円)という金額の重みが、泥棒という言葉に繋がります。
没落の予言
家を追われ、惨めな生活に陥る様をねちねちと語ります。
【原文】 「そんな事してみい。養子の身じゃほどにナ、亀屋の家は放り出され、手についた職は無し。食うに困って、あっち、うろちょろ、こっち、うろちょろしよるんや」
【超訳】 「もしそんなことしたら、養子の身分だから亀屋の家からは放り出され、働ける仕事も無くなり、食うのにも困ってあっちこっち、うろちょろすることになるな」
解説: 忠兵衛が養子であるという弱みを突き、居場所を失う恐怖を煽ります。
恥の上塗り(カネの無心)
最後には、忠兵衛の味方をするおえんや恋人・梅川にまで迷惑をかけると予言します。
【原文】 「あ、おえんはん。あいつナ、あんたん所来よるで。ほんでな、『おえんさん……一分貸して、二分貸して』って来よるねんな。……イヤ、あんたもナ、人がええさかい。はじめはな、貸してやるやろ……せやけどやで、あの『ナラ忠』は図々しい男やさかいナ。またあんたん所来よってな、今度はな、『オイおえん。一両貸してんか。二両貸してんか』って来よるねんや。そうなるとな、あんたも相手せえへんようになるわな」
【超訳】 「きっと忠兵衛はあんたに会いに来るぞ。『一分貸して、二分貸して』なんて言ってな。あんたも人が良いから、最初は貸してやるだろうが、あの『ならず者の忠兵衛』は図々しい男だから、次は『一両貸せ、二両貸せ』と金額を上げて来るぞ。そうすると、さすがにあんたも無視するようになるだろ」
解説: 恩人へのタカリを予言し、忠兵衛の人間性を徹底的に否定するパートです。
衝撃のラスト:晒し者、そして放火
ついに、八右衛門の口から「火つけ」の言葉が飛び出します。
【原文】 「オイ、川。今度はお前の所来よるで。気いつけや……その頭の物から仕掛けまでチョロまかし、若いもんに見つけられ、片鬢を剃り落とされ、大門口へ晒されて、友達までの面汚し。挙句の果ては人殺し。オウ。ここの家へ、火でもつけさらそうわい」
【超訳】 「梅川、次はお前の所へも来るぞ。お前の髪飾りや高い着物まで盗んで質に入れて、店の若い衆に見つかって捕まり、片方の髪を剃られた無様な姿で色街の入口で晒し者にされて……。友達の俺たちまでが一生の恥になるぜ。挙句の果ては人殺しまでする羽目になって。……最後にはな、ここの店に火を放つことになるだろうよ!」
解説: 当時、社会全体を滅ぼす大罪だった「火つけ(放火)」。これを結末に持ってくることで、忠兵衛を単なる失敗者ではなく、この世の終わりを招く悪魔のように仕立て上げて、八右衛門は立ち去ります。
おわりに
セリフに字幕をつけ終わった今、心地よい疲労感とともに、八右衛門という男の「完璧なまでの嫌味」に敬意を評したくなります。
この悪口のキレがあるからこそ、次なる忠兵衛の爆発が引き立つ。そんな「ヒールの美学」を感じていただければ幸いです。
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