河竹黙阿弥の代表作のひとつ「青砥稿花紅彩画」。
有名な浜松屋の場と、稲瀬川勢揃いの場だけが上演されることが多く、その場合は「弁天娘女男白浪」と表記されます。
また、五人の盗賊(白浪)が登場することから、通称「白浪五人男」とも呼ばれる有名演目です。
河竹黙阿弥が紡ぎ出した七五調の名台詞は、そのリズムのみならず、随所に地名などを掛詞(一つの言葉に二つの意味を含ませる)にして各登場人物の個性を表現するという文学的にも非常に優れた作品です。
素人役者が勝手に現代語訳したものですので、間違っている部分もあろうと思いますので、ひとつの解釈として楽しんでいただければ幸いです。
なお、気良歌舞伎の公演での字幕解説はYouTube気良歌舞伎チャンネルで公開していますので、併せてご覧いただければと思います。チャンネル登録、高評価もよろしくお願いします!
さて、今回は忠信利平です。
一文ずつ解説をしていきます。
続いて後に 控えしは
「続いて後に控えていたのは」
月の武蔵の 江戸育ち
「名月で知られた武蔵国の生まれ、江戸育ちの俺だ」
※月の武蔵:武蔵国は、今の東京・埼玉・神奈川の川崎・横浜など広い地域を指すようだ。続古今和歌集に「武蔵野は月の入るべき嶺もなし尾花が末にかかる白雲(源通方)」という和歌がある。武蔵野には月が隠れるような山がなく、野原に広がる秋のススキ(尾花)の穂先に白い雲がたなびいている」という意味だろうか。それぐらい武蔵の国は平坦で、草原から月が出て、草原に月が沈む、というぐらい、月が良く見える場所だということ。
幼児の折から 手癖が悪く
「子どもの頃から盗み癖があって」
※幼児:「餓鬼」は生前犯した罪によって餓鬼道に落ちた亡者のこと。子どもが分別なく食物をむさぼる様子から、子どもを卑しめて呼ぶ俗語となった。
※折から:折柄。ちょうどその時分から。
※手癖が悪い:盗み癖があるという意味。無意識のうちに盗みのための手が動いてしまう、という生まれながらにして、盗賊の素質があったのだと自分で認めているのだろう。
抜け参りから ぐれ出して
「親に黙って伊勢参りの旅に出たことから、まっとうな道を外し」
※抜け参り:江戸時代、伊勢神宮に参拝することを「お陰参り」といって、多くの庶民が何日もかけて伊勢参りをしたといわれる。その中でも、親や奉公先に黙って子どもが勝手に伊勢参りに行くことを「抜け参り」と呼んだ。
※ぐれる:はまぐり(蛤)の「はま」と「ぐり」を反転させると「ぐりはま」となる。はまぐりの貝は、2枚の殻がぴったりを合って重なるので、古い時代から「貝合わせ」といった遊びに使われていたが、殻が合わないとまったく重ならないので、殻が食い違って合わないことをはまぐりを反転した「ぐりはま」と言った。それが「ぐれはま」となり、「ぐれ」が動詞となって、少年や青年が非行的な言動をすることを「ぐれる」と言うようになったようだ。
旅をかせぎに 西国を
「旅をしながら稼ぐために、西国を」
※かせぎ:普通、旅をする際はお金を支払うばかりのはずなのに、逆に旅をすることでお金を稼ぐ。元来の手癖の悪さが稼業になったというニュアンスを感じさせる。また、「かせぎ」は「鹿」の古称でもある。後の台詞の中に出てくる「奈良」と符合させているようにも思える。
※西国:近畿地方のことを指している。源義経が頼朝に追われて西国に落ち延びたというエピソードと、義経の家臣・佐藤忠信と「忠信利平」を重ね合わせる仕掛けとなっている。
回って首尾も 吉野山
「回って首尾よく盗みを成功させた吉野山」
※首尾:頭と尻尾、つまり、最初と最後。そこから転じて「物事の成り行き」のこと。
※吉野山:奈良県の吉野山のこと。首尾が”良し”、と吉野山が掛かっている。「首尾よく」は、最初から最後まで上手くいくということ。
一方で、吉野山は、義経が頼朝から逃げるために隠れていた場所である。まさに、忠臣・佐藤忠信が奮戦した場所で、忠信利平は盗みを働いていたということであり、その落差も面白い。
まぶな仕事も 大峯に
「うまい盗みの仕事も多く、大峯の霊場を回り」
※まぶな仕事:「間歩」とは金山など鉱山の坑道のこと。坑道を行けば必ず金脈にありつけるということで、盗賊たちにとって、盗みに入れば間違いなく、お宝にありつける、うま味のある仕事だという意味で使われている。盗賊の隠語として使われる言葉であり、忠信利平が“職業的盗人”であることを印象づけている。
※大峯:大峰山脈の「吉野」以南を「大峯」と呼ぶ。古来より山岳修験道の霊場として、数多くの行場や寺社がある。寺社には宝物や信者たちの供物も多くあったことだろう。聖地を「まぶな」“稼ぎ場”としていたという聖俗の境目のない人間として描かれている。
さらには、「峯(山)のない」武蔵国で生まれ育った忠信利平が、逆に盗みのために峰々を回っているという対比も面白い。
足を留めたる 奈良の京
「奈良の都に辿り着いた」
※足を留める:旅のように各地を回って稼いでいた忠信が、足を止めて滞在したという意味。ここを拠点に腰を据えたというニュアンスがある。
※奈良の京:奈良の都。古都であり、寺社も数多くある。宝物も、供物も多くあるだろう。奈良が出てくることで、冒頭の一節にあった「かせぎ」が「稼ぎ」と「鹿」の掛詞であった可能性を感じさせる。
碁打ちと言って 寺々や
「囲碁の棋士だと偽って、いくつもの寺や」
※碁打ち:囲碁の棋士のこと。江戸時代、囲碁は盛んにおこなわれており、幕府によって保護奨励され、寺社奉行の管轄下に置かれていた。碁打ちは信用される職業だったと考えられる。江戸時代の後期には、豪商・豪農は中央の碁打ちを招待したり、地方在住の碁打ちを優遇し、全国を旅回りする碁打ちもいたという。忠信利平が碁打ちと偽っても不審に思われない環境だったのだろう。
※寺々:囲碁は貴族や僧侶など知識階級から広がっていったと考えられ、僧侶にも囲碁を打つ者は多かったようだ。古都・奈良では大寺院が密集し、僧侶の中にも囲碁愛好者は多かったと思われる。
豪家へ入り込み 盗んだる
「金持ちの家へ入り込んで、金を盗んできた」
※豪家:格式の高い家。ここでは財産のある家、という意味に捉えらた方が良いだろうか。
※入り込み:碁打ちと偽ることで、寺社や裕福な家に出入りすることで、盗みの下見もでき、盗みを行う機会も多かったことであろう。
金が御嶽の 罪科は
「金峰山のように大きく積み上がった罪の数々は」
※金が御嶽:「“金”が御嶽(=金峰山)」という地名と、前段からつなげた「盗んだる“金”」の掛詞となっている。
金峰山は、古来より地下に金の鉱脈があると信じられ「金の御嶽」と呼ばれた。前述の「間歩」=坑道、とも響き合う。
※御嶽の罪科:数々の盗みで御嶽のように大きく積みあがった罪という意味。金峰山は修験道の霊峰であり、聖なる霊峰の名を自らの悪事の形容に使うことで、より罰当たりなニュアンスを醸し出している。
蹴抜けの塔の 二重三重
「義経が蹴破って逃げた塔の、その何重もの大きさだ」
※蹴抜けの塔:源義経一行が隠れていたという金峯神社の近くにあった塔。義経は追っ手の襲来から逃れるため、塔の屋根を蹴破って外へ出たという伝承が残る。忠信利平は盗みの罪で追われる自分を、義経と佐藤忠信の逸話になぞらえて語っている。
※二重三重:蹴抜けの塔は、かつては何重かの塔であったらしい。ここでは、実際の塔の層数を指すと同時に、積み重なった罪の多さ、そして、幾度も逃げ延びた経験までも重ね合わせた、多重の意味を込めた表現となっている。
重なる悪事に 高飛びなし
「重ねてきた悪事に、遠くへ逃げて」
※重なる悪事:忠信利平にとっては、犯してきた悪い行い(=盗み)。義経や佐藤忠信にとっては、度重なる災難を指す。
※高飛びなし:「なし」は「無い」ではなく、「為す」の意味で、「高飛びする」ということ。「高飛び」は、犯罪者が追っ手を逃れて遠くへ逃げることを指す。一方で、文字通り高く飛び上がるという意味もあり、蹴抜けの塔で義経が高く飛び上がって屋根を蹴破ったという逸話と響き合っている。
後を隠せし 判官の
「行方をくらませた判官義経の」
※判官:「はんがん」とも言う。もともとは官職名だが、源平時代に判官の官位を持っていた源義経を指す言葉として定着した。芝居や浄瑠璃で「判官」と言えば、まず義経のことと理解される。ここでは、前段に吉野山という言葉が出てくることからも、明らか。
※後を隠せし:「その後の行方をくらまして逃げた」義経のことと、「盗みの跡や証拠を隠して逃げた」忠信利平のこととの、二重の意味を重ねた表現である。
御名前騙りの 忠信利平
「家来の名前を騙った、忠信利平だ」
※御名前騙り:吉野山で義経の忠臣・佐藤忠信は義経を逃がすため、自ら義経に扮して敵を欺き、奮戦したと伝えられる。
すなわち、判官義経の名前を偽ったのが「佐藤“忠信”」であり、その佐藤忠信の名をさらに騙っているのが「“忠信”利平」である。
最後のこの一節、名前の「騙り」でもあるが、名前の「語り」、すなわち盗人の名乗りでもある。
義経→佐藤忠信→忠信利平と、まるで塔の層のように「二重三重」に名前がすり替わり、忠義の美談が盗人の名乗りへと反転させる、この構造の妙こそが黙阿弥らしい。
以上、忠信利平の台詞を解説してみました。
特に後半は、義経一行の逃避行と忠信利平の盗みの逃避行の二重の意味を持たせ、名前まで二重三重に騙らせる。
黙阿弥の凄まじい構成力に唸るばかりです。
この解説が、皆さんも、この台詞をもっともっと味わってもらえるきっかけとなれば嬉しいです。