🎭
KABUKI PLUS+
🎭 KABUKI PLUS+

南郷力丸「さて、どんじりに控えしは」

コラム

白浪五人男 台詞解説・超訳

南郷力丸「さて、どんじりに控えしは」

南郷力丸の名乗り台詞「さて、どんじりに控えしは」を現代語訳で徹底解説

河竹黙阿弥の代表作のひとつ「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」。

有名な浜松屋の場と、稲瀬川勢揃いの場だけが上演されることが多く、その場合は「弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)」と表記されます。

また、五人の盗賊(白浪(しらなみ))が登場することから、通称「白浪五人男」とも呼ばれる有名演目です。

河竹黙阿弥が紡ぎ出した七五調の名台詞は、そのリズムのみならず、随所に地名などを掛詞(一つの言葉に二つの意味を含ませる)にして各登場人物の個性を表現するという文学的にも非常に優れた作品です。

素人役者が勝手に現代語訳したものですので、間違っている部分もあろうと思いますが、ご容赦いただき、ひとつの解釈として楽しんでいただければ幸いです。

なお、気良歌舞伎の公演での字幕解説はYouTube気良歌舞伎チャンネルで公開していますので、併せてご覧いただければと思います。チャンネル登録、高評価もよろしくお願いします!

今回は南郷力丸です。

一文ずつ解説していきます。

さてどんじりに 控えしは

「さて、最後に控えていたのは」

※どんじり:一番最後。どん尻。

潮風荒き 小ゆるぎの

「荒々しい潮風が吹く、小ゆるぎの浜に」

※小ゆるぎ:神奈川県大磯町の海岸は、「こゆるぎの磯」と言われ、和歌にも詠まれた。次の「磯馴(そな)れ松」の「磯」につながっている。

磯馴(そな)れの松の 曲がりなり

「生えている磯馴(そな)れ松のように、性根の曲がった俺だ」

※磯馴れの松:海の強い潮風のために枝や幹が低くなびき傾いて生えている松のこと。

※曲がりなり:磯馴れ松は潮風の影響で、幹が根元から曲がっている。磯馴れ松のように、自分は根本から性根が曲がって育ったとたとえている。「なり」は「(なり)」であり、断定の助動詞「なり」でもある。両義で使うことで、視覚的描写(曲がった形)と心理的断定(曲がっているのだ)が同時に成立している。また、「まが()()」と「り」の反復が心地良いリズムを整えている。

人となったる 浜育ち

「幼いころから浜で育ったため」

※人となったる:「人と成る」は、大人になる、一人前になる。前段の「なり」から、「人となり」(=生まれつき備わっている性質や品位のこと)の掛詞になっており、「磯馴れの松の曲がりなり」と呼応し、海辺で生まれ育った南郷の荒々しい気性、曲がった性根を表している。

仁義の道も 白川の

「白河夜船のごとく、人の道徳なんぞ知らぬまま」

※仁義:孔子の教えを説く儒教の言葉で「仁」は思いやりの慈愛の心、「義」は正義や道理を意味し、合わせて人として守るべき倫理や礼儀を表す。

※白川:「仁義の道を“知ら(しら)”ない」と後段に続く「“(しら)”河夜船」を掛けている。

※白河夜船:何が起きても気づかないほど、ぐっすり眠っていることのたとえ。白河は京都の地名で「京都を見物してきた」と嘘を言った者が、白河のことを聞かれて川の名前だと思い、「夜中に船で通ったので知らない」と答え、嘘がばれたという話が由来とされている。

夜船へ乗り込む 船盗人(ふなぬすっと)

「夜な夜な船に乗り込み、盗みを働いてきた」

※夜船:前述の「白河夜船」の“夜船”を受けて、もともとの慣用句の意味である、ぐっすり眠って何も気づかない様を実景へと転換させている。眠って無防備な船上を狙って盗みを働いてきたことが示唆されている。

波にきらめく 稲妻の

「波にきらめく稲妻のような」

※波にきらめく稲妻:前段の「船盗人」を受けて、船上での盗みの光景を浮かびあがらせる。夜の波間に閃く稲妻の光が、暗闇の中の盗人たちを瞬間的に照らすような情景を想起させる。

※稲妻:前段の「稲妻」は、刀身の焼き入れ模様の一種である「稲妻」にも掛けられている(形状が雲間を走る稲妻の閃光に似ていることに由来)。自然の稲妻と刀の稲妻、さらに稲妻のように素早く刀を抜く南郷力丸の動きと殺気を重ね、鮮やかな一閃のイメージを生んでいる。

白刃(しらは)で脅す 人殺し

「刀を抜いて脅し、人の命さえ奪ってきた」

白刃(しらは)で脅す:「白刃」は抜き放った刀身の意。ここは実際の殺害を叙述するのではなく、白刃を突きつけて制圧する“脅し”の場面を指す。前段の「稲妻」の一閃と呼応し、光(刀光)と殺気を想像させる。

※人殺し:筆者の推測ではあるが、「曽参(そうしん)、人を殺す」という慣用句が元となっているのではないか。うそも繰り返し告げられると、人は信じてしまうというたとえ。「曽参(そうしん)」は親孝行で知られた孔子の弟子。ある時、「曽参が人を殺した」と知らせた人がいたが、曽参の母は少しも信じなかった。しかし、二人目、三人目が来て同じことを告げると、ついに信じた母は、織りかけの機を捨てて走ったという故事による。

曽参の(あざな)は「子輿(しよ)」であり、後段の「背負(しよ)って立たれぬ」に掛けられているのではないだろうか。

つまり、南郷力丸は自分は人殺しだと言い続けて、相手にそれを本当だと信じ込ませて、脅しを行っていたということ。

背負(しよ)って立たれぬ 罪科(つみとが)

「背負って立つことができないほど重ねてきた罪は」

その身に重き 虎ヶ石

「虎ヶ石のように、この身に重くのしかかる」

※虎ヶ石:大磯の遊女・虎御前に所縁のある虎ヶ石(虎御石ともいう)のこと。恋人である曽我十郎の身代わりとなって矢を受けたと伝えられる。重ねてきた罪の重さと、虎ヶ石の重さの、抽象の重さと、実存の重さを重ねている。

なお、美男でないと持ち上げることができないと言われており、南郷力丸は虎ヶ石を背負って立つことができない、ということは、自分自身で美男ではないと自虐しているような読み方も可能かもしれない。

悪事千里(あくじせんり)と 言うからは

「悪事はあっという間に千里を駆けて知れ渡るというから」

※悪事千里:「好事門を出でず、悪事千里を行く」の故事の省略。悪い行いや評判は、またたくまに世間に知れ渡ること。前段の「虎ヶ石」から、「虎は千里行って千里帰る」という故事も連想させる。

どうで終いは 木の空と

「どうせ最後は、つかまって磔にかけられると」

※どうで:どうせ。

※終いは:おしまい、結末。

※木の空:(はりつけ)になることのたとえ。木は磔の柱、空は高い場所を指し、磔で高く晒される情景を表現している。

覚悟は(かね)て 鴫立沢(しぎたつさわ)

「とうに覚悟はできている。西行が“あはれ”を詠んだが」

※覚悟は(かね)て:「予て」=以前から。単なる思い付きではなく、長く抱いてきた決意を示す言い回し。

鴫立沢(しぎたつさわ):鴫の飛び立つ水辺。西行が大磯で詠んだとされる歌「こころなき身にもあはれは知られけり ()()()の秋の夕暮」(三夕の歌のひとつとして“あはれ”の典型といえる有名な歌)を想起させる語の提示(本歌取り的参照)である。

直後の「然し哀れは身に知らぬ」が、命句「あはれは知られけり」を反転する仕掛けとなっている。

また、前段「背負って立たれぬ」との対比で、「罪に沈み立てない自分」と「鴫が飛び立つ沢」を対比させている。

(しか)し哀れは 身に知らぬ

「俺の身には“あはれ”なんて情は湧かない」

※哀れ(あはれ):和歌美学のキーワードで、秋の寂寥やしみじみと胸に迫る情趣をいう。

※身に知らぬ:「身にしみては分からない」の意。

西行は「あはれは知られけり」と、思わず知れてしまったと、詠んでいるのに対して、南郷力丸は「あはれは身に知らぬ」と否定形で叩き返し、あえて情趣を退ける虚勢を示しているかのよう。

※身と心:前段にある「背負って立たれぬ」で“立てない身(身体)”を描き、ここでは「身に知らぬ」で“あはれを感じない心”を示す。肉体と感情の両面を対で立ち上げ、最後の「念仏嫌え」とも呼応する人物像を浮かび上がらせている。

念仏嫌えの 南郷力丸

「念仏を唱えるのが大嫌いな、俺の名は、南郷力丸だ」

※念仏嫌え:江戸弁の「ぎれえ=嫌い」。「仁義」(儒教)を斥け、「あはれ」(和歌文学)を否定し、さらには、「念仏」(仏教)も拒む。誰に何と言われようと自分の道を行くという南郷力丸の人生宣言の着地となっている。

※語感:「み()しら() ()んぶつぎれえ() ()んごうりきまる」。鼻音のナ行「な・に・ぬ・ね・の」が最後の三節に揃い、音の粘りが感じられる。

以上、南郷力丸の台詞を解説してみました。

今回も、一語一語調べていくうちに、新たな発見がありました。

本当に黙阿弥が意識していたのかどうか、わからないですが、自分なりに解釈をしてみましたので、想像していただきながら楽しんでください。

でも、黙阿弥のことだから、まだまだ、いろいろな意味を掛けていて、気付けていない部分もありそうですね。

この解説が、皆さんも、この台詞をもっともっと味わってもらえるきっかけとなれば嬉しいです。

【補注】「曽参、人を殺す」の連想について

「人殺し」につながる「背負=しよ=子輿」の掛詞に関しては個人的な解釈で自信はありません。黙阿弥が、単に「人殺し」なんて言葉を使うはずがないよなぁと思って、必死に調べていくうちに、この故事に出会いました。合っているどうかはわからないですが、これに気付いた時には、身体に稲妻が走りました!

南郷力丸の台詞の前半で曽参の師匠である孔子の教えを説いた儒教の「仁義」という言葉が出てきていることを考えれば、有力な解釈といっていいのではないでしょうか。

歌舞伎白浪五人男地歌舞伎地芝居南郷力丸
← コラム一覧に戻る
🎭
Add to Home Screen
Use it like an app
🏠Top 🧭NAVI 📡LIVE 📝RECO 🥋DOJO