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赤星十三郎「さて、その次に列なるは」

コラム

白浪五人男 台詞解説・超訳

赤星十三郎「さて、その次に列なるは」

赤星十三郎の名乗り台詞「さて、その次に列なるは」を現代語訳で徹底解説

河竹黙阿弥の代表作のひとつ「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」。

有名な浜松屋の場と、稲瀬川勢揃いの場だけが上演されることが多く、その場合は「弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)」と表記されます。

また、五人の盗賊(白浪(しらなみ))が登場することから、通称「白浪五人男」とも呼ばれる有名演目です。

河竹黙阿弥が紡ぎ出した七五調の名台詞は、そのリズムのみならず、随所に地名などを掛詞(一つの言葉に二つの意味を含ませる)にして各登場人物の個性を表現するという文学的にも非常に優れた作品です。

素人役者が勝手に現代語訳したものですので、間違っている部分もあろうと思いますが、ご容赦いただき、ひとつの解釈として楽しんでいただければ幸いです。

なお、気良歌舞伎の公演での字幕解説はYouTube気良歌舞伎チャンネルで公開していますので、併せてご覧いただければと思います。チャンネル登録、高評価もよろしくお願いします!

今回は赤星十三郎です。

一文ずつ解説していきます。

またその次に 列なるは

「また、その次に列なっているのは」

以前は武家の 中小姓(ちゅうごしょう)

「昔は武家に仕えていた私だ」

※中小姓:大名や旗本に仕えている武士の役職のこと。赤星十三郎の過去は武士であった。

故主(こしゅう)のために 切取(きりと)りも

「かつての主へ忠義を果たそうと、盗みのために刀を持ったが」

※故主:かつて仕えていた主人のこと。また、前段の「小姓(こしょう)」と「故主(こしゅう)」が似た響きで、リフレインのようなリズムを奏でている。

※切取り:中世では敵地や領地を武力で奪う軍事用語であったが、江戸期には刀を使った強盗、特に辻斬り強盗を指す。赤星はかつての主人にお金が必要なことを知り、忠義心からやむなく辻斬り強盗を行ったと言っている。

鈍き刃の 腰越や

「切れ味の悪い刃のような、鈍った自分のせいで失敗に終わった」

※鈍き刃:切れ味の悪い刀。物理的にも、行動や運勢の鈍さの比喩にも使われる。

※腰越:鎌倉市の地名。鎌倉時代、源義経が鎌倉入りを許されず、腰越で足止めされた故事(腰越状)を踏まえた言葉。つまり、失敗したことを表している。

また、腰越は奥州で討たれた義経の首が運ばれ、首実検(首が本物かどうか検分する)に供された場所でもある。

※刃の腰:日本刀の焼き出し場所を示す「腰刃」を連想させる。

砥上ヶ原(とがみがはら)に 身の錆を

「刀の錆を研ぐように自分自身を」

※砥上ヶ原:藤沢市の地名。「砥上」という地名が「砥ぐ」の語感を生み、刀のイメージと結びつく。鎌倉時代の歌人・冷泉為相が砥上ヶ原を詠み「為相百首」に載せている。なお、為相は鎌倉時代の紀行文「十六夜日記」の作者・阿仏尼の息子である。

※身の錆:「身から出た錆」と同義。日本刀の「刀身」(金属部分)は手入れを怠ると錆付き、いざという時に使い物にならず、自分の命(身)を落とすことになる。そこから転じて、自分の犯した過ちや悪行の報いによって、自らが苦しむことを意味する。

赤星十三郎は、武士としての力が衰え(鈍き刃)、旧主のためとはいえ、悪行(切取り)に手を染め、その報いとして苦しむ運命にあることを、この一節で示している。

砥ぎなおしても 抜け兼ぬる

「砥ぎなおそうとしたが、もう元には戻れなかった」

※砥ぎなおしても:刀身を研ぎなおすように、自分の身を磨き直そうとしたが、という比喩となっている。

※抜け兼ぬる:錆びが落とせなかった刀が鞘から抜けないように、自分も元の武士には戻ることができない。いくら努力しても、もはや立ち直れないという諦めを表している。

盗み心の 深翠(ふかみど)

「盗みをする心が、深い緑色のように染み入ってしまったのだ」

※盗み心:前段の「抜け兼ぬる」を受けて、盗みをする心が、どうしても抜けないのだ、という意味を持つ。単に盗もうとする気持ちではなく、習慣や本性として染み付いた悪心のニュアンスが強い。また、「()けか()る ()すみごころの」と少し暗く抑制感のある「ぬ」が意識的に配置されているように感じる。

※深翠り:翡翠や深い森のような濃く深い緑色を表す古語的色名。色の持つ奥深さや沈み込むような暗さが、心に悪が深く沈殿してしまい、もう取り除けないことを印象付ける比喩的表現となっている。さらには、「ぬす()ごころの ふか()どり」と、連続して3音目に「み」が配置され、「ぬ」の連続による抑制感から、「み」の連続による鋭さへと転調している。この音の切り替わりが、内面の重さから、色彩イメージへの移行を自然に導いている。

柳の都 谷七郷(やつひちごう)

「武士の都である鎌倉では」

※柳の都:鎌倉のこと。中国の故事に基づき、幕府のことを「柳営」と呼ぶことから、幕府のあった武士の都・鎌倉を「柳の都」と表現している。前段の「深翠り」と「柳の緑」を呼応させている。元は武士の身分であった赤星十三郎という性質と悪心の深翠りが響き合う。

谷七郷(やつひちごう):鎌倉のこと。鎌倉の町は谷が多く、七つの郷で構成されていた。そこから転じて、鎌倉全域のことを指す言葉となった。ここでは「柳の都」と並べることで、政治的象徴と地理的特徴を同時に提示し、鎌倉という都市全体を強く印象付けている。

花水橋(はなみずばし)の 切取りから

「花水橋での辻斬りが噂となって」

※花水橋:大磯の花水川にかかる橋。

※切取り:「花」「水」という清らかで美しいイメージを持つ言葉が、血なまぐさい「切取り」と並置されて、美と罪の対比が生じている。

今牛若と 名も高く

「牛若丸に例えられて名が広まってしまった」

※今牛若:「牛若」は源義経の幼名。五条大橋で弁慶と渡り合った俊敏さ・華麗さの象徴として知られる。花水橋の立ち回りが評判となって、五条大橋の牛若丸になぞらえて、「現代の牛若」=「今牛若」と呼んだと考えられる。武士的な誉れを帯びた響きと、盗賊としての悪名の両面が同居しており、赤星十三郎の複雑な立場を浮かびあがらせている。

※名も高く:名声や評判が広く世間に知れ渡っていること。必ずしも良い意味に限らず「悪名高い」のように悪評も含む。ここでは、鮮やかな立ち回りの噂が鎌倉中に広がった結果、皮肉にも赤星十三郎の名が悪事と結びついて高まってしまったことを表す。

忍ぶ姿も 人の目に

「いくら忍んでみても、姿は人の目につきやすく」

※忍ぶ姿:「忍ぶ」は「隠れる」「我慢する」の二つの意味。ここでは、赤星十三郎が盗賊として身を隠すことと、悪名を抱えて生きる心理的な忍耐の二つの意味が掛かっている。

※人の目に:「世間の目」にひっかかる、悪名が広がったために、もう物理的にも社会的にも隠れられない状況であることを示唆している。

月影ヶ谷(つきかげがやつ) 神輿ヶ嶽(みこしがたけ)

「月明りで正体が暴かれてしまった」

月影ヶ谷(つきかげがやつ):鎌倉の極楽寺の西側の地名。十六夜日記の作者「阿仏尼」が住んでいたとされる。先で出てきた砥上ヶ原を和歌を詠んだ冷泉為相の母親である。黙阿弥はそれも知っていたことであろう。そして、前段から続けて「人の目に“付き”」と掛かっている。さらに、「月影」という言葉が、暗がりに潜んでも月光で照らしだされる様を連想させ、赤星の逃れられない運命を照らす光として働いている。。

神輿ヶ嶽(みこしがたけ):甘縄神明社の社殿の裏山のこと。見越ヶ岳とも呼ばれる。「見越す」の語感から、潜んでも先を見越され、行く末を見透かされるイメージが生まれる。本作「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」の前半には「神輿ヶ嶽の場」があり、ここでの出来事を踏まえて、再び地名を出すことで、舞台全体に時間的なつながりと回想効果を持たせている。

※静と動:この一節は地名の並列であるが、「月影ヶ谷」の月影が持つ静的なイメージと、「神輿ヶ嶽」の神輿(見越し)の動的なイメージが対照的。赤星十三郎の忍び隠れる姿と見つかる瞬間のギャップが強調されている。

※ヶ(が):「()谷」と「()嶽」は呼応しているので、リズムが取りやすい一節となっている。

今日ぞ命の 明け方に

「今日こそ、命の夜明けが近づき」

※今日ぞ:強意の「ぞ」であり、「今日こそ」。

※命の明け方:命が尽きる時の比喩。日本では一生を一日にたとえる表現が古くからあり、夜明=は誕生、昼=盛年、夕暮れ=老い、そして明け方=現世の終わり=死を意味する。

※「(i)(o)(i)(o)」:実際の台詞まわしで、音がi→o→i→oと交互に変化することで、転調感を与える。七五調の流れの中でこのゆったりと発生することで、この後の台詞に推進力が生まれる。

消ゆる間近き 星月夜

「消える間際の儚い星となる」

※消ゆる間近き:消えそうな瞬間のこと。星が消える刹那を、命の最期になぞらえることで、静かで抗いようのない終末感を表している。

()ゆるまちか():頭語と末語が「き」で揃い、中間が母音/a/の「ま」が置かれているため、音の対称性が意識される。この構造が、この一節全体に軽快なテンポとリズムの弾みを与えている。

※星月夜:月のない夜空に星々だけが輝く情景をいう古語。月がないことで星の光が際立ち、また闇の深さも増す。前述の「月影」の時には月光で照らされていたが、ここでは月もなく星だけが瞬く夜へと移っており、時間経過とともに、夜明け=死に近づいていく感覚が強まる。

鎌倉には「星月夜の井」(星の井とも呼ばれる)という井戸があり、昔、この井戸の中に昼間も星影が見えたとの逸話がある。なお、「星月夜」は鎌倉の枕詞にもなっている。

その名も 赤星十三郎

「その名は、赤星十三郎」

※赤星:「消ゆる間近き」燃え尽きる寸前の赤い星を思わせる。命が尽きる直前の最期の輝きの比喩。赤は血と罪、星は名声や美しさを象徴。血塗られた悪名と華やかな立ち回りによる名声が一体となった人物像を描きだしている。そして、「月影」「星月夜」の光のモチーフを、自身の名にとして名乗ることで、名乗り全体を美的に完結させている。

以上、赤星十三郎の台詞を解説してみました。

赤星の台詞には美しさを感じます。

月影、星月夜、といった夜に煌めく儚い光を感じさせ、セリフのリズムも独特で聞いていて心地よいのです。

この解説が、皆さんも、この台詞をもっともっと味わってもらえるきっかけとなれば嬉しいです。

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